軽井沢でともに望月のそばを味ったこともあった。
オペラ「おしち」の所作指導を自宅の稽古場で付けて下さったこともある。
團十郎・希美子夫妻と吾々の結婚記念日が近いので、ご一緒に食事会をしたこともあった。
芦田淳先生の庭の牡丹が見事に咲いたので、團十郎さんの長女ぼたんを囲んでの牡丹の会もついこの間のこと、海老蔵真央夫妻も参加して、庭を埋め尽くした牡丹の花に笑い声がたえなかった。
團十郎さんとの思い出は尽きない。いつも穏やかに笑みをたたえていたのが、嘘のようだ。
うちに秘めた努力を表に見せない素晴らしい人だった。歌舞伎界で團十郎さんの悪口をいうひとは見当たらない。江戸歌舞伎の宗家として重責をにない、歌舞伎の明日をいつも考えながら王道を歩んできた。團十郎襲名後は、とかく非難されてきた口跡を克服し、スケールの大きな品格ある大名跡として歌舞伎を盛り上げてきた。團十郎の華はどの役者とも違う江戸の華だった。
たまたまマスコミを賑わす海老蔵さんのことは、最後まで気がかりだったことだろう。
恒例の團菊祭も見れなくなる。 辰之助を失い、團十郎を失った、菊五郎さんの心中やいかに。戦友を失った兵士の気分かもしれない。
明日からは、藤十郎、菊五郎、吉右衛門、仁左衛門の四本柱とそれに続く三津五郎、染五郎、猿之助などが新しい時代の歌舞伎を創ってくれることを信じている。
いつまでも襲名と追善だけを繰り返すことなく、作品創りにエネルギーが向かうことを期待したい。
團十郎さんを悼む
コメント
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
コメントを残す