国会前には戦争反対! 委員会では同じプラカードをもった民主党議員の安保解釈法反対! どれもこれも醜いほどにテレビカメラを意識したパフォーマンスが溢れている。
メディアを利用してプロパカンダを展開すれば、大部分の国民は騙せるといった不穏な思い込みが独り歩きしているような気がする。戦争を体験してきた世代としては、当然戦争は二度としたくないし、あの悲惨な体験はまっぴら御免である。
が、今日の中国のやりかたを見ているといつ戦争がやってきても不思議はない。
南沙諸島に於ける岩礁埋立てと軍事基地建設、日本に対しては、何年かまえの領海線上に於けるガス田開発の申し合わせ事項無視、尖閣諸島の領有権主張と、果てしなく広がる領土拡張主義はまさに中国帝国主義といっても過言ではない。 すきを見せたら、必ずついてくるしたたかさがある。
それにもうひとつの不安材料は中国経済のバブル崩壊だ。経済が瓦解したとき、国民の意識をひとつにする最後の手段が戦争だといわれてきた。局地的な戦争を起こすことによって、国民の関心を海外にそらし経済不安を忘れさせる。
こうした現実をまえに、日本人は何を考えているやら、国防に備えるという最低の行動も忘れてしまったかのようだ。私のオジイチャンは戦争で死んだんです、と涙を流して訴えていた女性議員がいたが、そうしたセンチメンタルな視点で国政を論じて欲しくない。
国際情勢への不感症と国防を忘れた国民のノー天気は、ここにきて極まれり、戦争を仕掛けられる危機的状況がいま生まれつつあるということに、しっかりと眼を向けなければならない。憲法との整合性について、ぐだぐだと議論していれば、国家国民の安全が保障されなくなる危険が迫っている。憲法改正まで待ってくれる間抜けな外国はいないと云うことを肝に命じたい。
学者の論議に現実のリアリティはない。
国防を忘れた安保論争
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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