犬のことを書いたら、何故猫を書かない、と叱られてしまった。
1960年代、パリで活躍したSineシネという漫画家がいた。彼はもっぱら猫のタブロウが得意で絶妙な猫の風刺画を描いていた。猫のナポレオンだったり、猫の芸者だったり、あるいは猫の尼僧だったり、猫の生態に如何にもありそうなかたちのタブロウが、パリジャンたちの人気を博していた。
当時のフランスではペットといえば、先ず猫だった。家に住みつくという猫の習性が、古いアパートに住むフランス人のライフスタイルにぴったりだったのだろう。暮れなずむアパートの窓辺で、身じろぎもせず夕陽の落ちるをみていた老人と猫が懐かしい。
ムーラン・ルージュにも猫は30匹は棲みついていたような気がする。何世紀もの時間を背負ってわが物顔に楽屋を歩いていた。カンカンの踊り子たちが餌付をしてしまったのか、猫たちはもめることもなく、それぞれの楽屋へはいり込んで、怠惰なポーズで寝転んでいた。
猫には内猫と呼ばれるエリートと、誰にも相手にされない外猫、つまり野良猫がいる。 野良猫の場合、毎年殺処分される候補なのだが、たくみにかいくぐって、横町を支配しているボス猫もいる。
愛情がもてないのは、化け猫だ。行燈の油を舐めたり、人間をダマしたり、やることに可愛げがない。
それでも近頃は、猫の衣裳屋、猫の雑貨屋、猫のカフェ、猫レストランがあり、吉祥寺では商店街のプロモーションに猫フェスティバル、猫まつりを仕掛けた。
猫マニュアが集まってお互いの猫を見せ合い、自慢しあって至福のまつりだったという。
吾輩は猫である
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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