吉野家は国会にいらない

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 ”あの大物議員も並ぶ!吉野家国会議事堂店大繁盛で議員食堂が閑古鳥”
 ”200食が即完売・国会限定吉野家1200円牛重を食べた政治家名簿”
 看板メニューは限定1200円の和牛牛重だそうだが、吉野家ができて以来、議員食堂はいつもガラガラで窓際の議員専用席がモノ悲しさを増長させているという。
 結論からいえば、国会議事堂に吉野家はいらない。
 もしも民情視察で吉野家に行きたかったら、街中の吉野家にいけばいい。街中なら松屋もフライドチキンもマクドナルドもあるから、庶民の食事処の実態もわかるだろう。
 日本食を世界遺産にと運動しているいま、国会議員には正しい日本食を食べてほしい。
 素材、調理、盛付、うつわ と伝統的な正しい日本食と対面し、食の文化とはこういうものだとしっかり認識してもらうことの方が大事大切なことだ。
 万事便利さ手軽さにかまけて、アメリカ産牛丼など喜んで食べているようでは、植民地のナンチャッテ議員ではないか。接待用の宴会料理ではなく、正しい日本料理を食べて欲しいと願うのは筆者だけではないだろう。昼飯なら美味しい縁高をとればいい。
 政治家に文化がとぼしいのは今に始まったことではないが、この国の行く末を思えば、文化的蓄積こそがもっとも重要な課題になる。そのためには、先ず食のルネッサンスから始めよだ。偽装表示を正し、奥行きのある日本食をプロモートすることで、街の外食産業の宣伝に組することではない。
 国会の吉野家は、カイワレを食べて見せたどこかの総理大臣のパフォーマンスと同じで、選挙民に媚びたキャバクラ食堂と変わらない喜劇だと言えよう。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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