労働の質は最悪になった。

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人生唯ひとつのプラチナ。プラチナ通りに澄む超高層レジデンス!
最高水準、最高品質の住まい、都心のフラッグシップマンションシリーズ!
 二つの超高級マンショんが、あいつぐ不良建築の騒ぎに見舞われた。おりしも安倍内閣は国土強靱化政策で東北各地に巨大な堤防を築いている矢先だった。
 東京都市化の尖兵であるスーパーゼネコン、鹿島建設と大成建設の施工による建物というから信じられない。片方は出来上がってみたら下水道配管用貫通口がなかった。或いは位置が間違っていた。もう片方はコンクリートの躯体に半分以上鉄筋が入っていなかった。あいた口がふさがらない。そんな馬鹿げたことが今時なぜ起こるのか。現場監督はいなかったのか。設計管理はどうなっていたのか。
 いずれも信用のある三菱地所と積水ハウスの販売だが、発表即日完売した優良物件のはずが、出来上がってみればこのざまとは、あきれる。
 韓国のデパート事故の折、日本ではぜったいに起こらない事案といっていたが、最高水準・最高品質と謳っているだけに始末が悪い。現場の労働の質が落ちている何よりの証拠だ。ついに三流国に落ちたか。
 人を想う力、街を想う力。 はまつたく無くなってしまったのか。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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