軽井沢にいると、初詣のいろいろに出会う。
まず第一は碓氷峠の熊野皇大神宮、熊野神社ともいう。上州側と信州側で呼び名の異なる神社が碓氷峠のてっぺんに鎮座まします。神社の中央が上州と信州の国境になっている。神官は両国から登場し國境で出会った後に神前に進む。神楽殿も向かい合って二つある。賽銭箱もそれぞれにあるので、自国の箱に投入しなければ意味をなさない。
第二には日本の中央、生島足島神社。日本の国土の中央に祀られた産土の神、ご本殿の中央の大地がご神体になっている。明治天皇はここにお参りをし、都を東京に移すことのご報告をしたのち、京都から東京に都を移した。日本の国土の守り神である。別所平の入り口にある。
第三はなんといっても、信州善光寺。日本最古の秘仏をまもり、女人救済の寺として長い歴史を刻んできた。どの宗派にも属さず天台系の大勧進と、浄土系の大本願がそれぞれに仏に奉仕してきた。長野が仏都と称する所以である。
第四に峠を下りた処にある貫前神社。東照宮より上位の関東一之宮である。
第五には佐久にある鼻顔稲荷、京都の清水寺に似た懸崖造りの崖上にあるお稲荷様、農耕と商売に効く。
毎年正月に現れる友人がいる。お屠蘇を交わしたのち、連れだって初詣に出掛けるのだが、今年はNHKに敬意を表し、真田丸の本陣に初詣ということになった。本当は真田町のお屋敷庭園にある真田神社がいいのだが、時間切れになったので、上田城址にある真田神社へむかった。
赤旗に六文銭のたなびく上田の町を通り抜けて城址についた。真田石の巨大に驚き、真田井戸の不思議を見て、堀のかたちや櫓組を実感した友人は、この城には闘志がみなぎっている、よーし今年は戦うぞーと年頭の志を新たにし、真田十勇士のポスターを手に新幹線で帰って行った。
初詣の真田丸
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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