冷やせ、冷やせ。

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 夏になるとそこここに「冷やし中華始めました」の張り紙が眼についた。
 冷えは万病のもと、体温が1度下がると、免疫力が3割落ちるから、とやかましく言われて育ったせいか、冷たいものはなるべく食べないようにしてきた。冷やし中華もせいぜいシーズンに二回が限度、これぞ夏のB級グルメと暑い季節の食を楽しんだ。
 それが今年はとんでもないことになっている。「冷やしカレー」を先頭に「ひやし牛まぶし」「えびはも冷やし天茶」「冷やし茶漬け」「冷やしだしがゆ」「冷やしかつ丼」「冷やしおでん」「冷やしメロン」「ひんやりドーナツ」ついに「冷やし鯛やき」まで登場した。
 世を上げて、冷やし時代、原発被害からの節電食、それがはたして節電になるのかはなはだ疑わしいのだが、とにかく商売人たちはあらゆるものに「冷える」「冷える」と銘打って売り出している。冷やしメロンパンなどは、冷蔵庫で冷やして食べるというだから冷蔵庫が必需品、ちっとも節電になっていないと思うのだが、クーラーとそのほかの電気用品がごっちゃになって、メーカーに踊らされている。
 「身体のコリや痛みむくみなど冷えの症状で来院する患者さんは、冬場よりも夏のほうが断然多いんです」と医者はいうが、地球温暖化による猛暑と、福島原発事故による電力不足、の二大要因にくわえ、簡単食志向、料理出来ない女、の増加で、ヒエヒエ食時代を迎えている。そんなに冷やして大丈夫と不安にもなるが、メディアの大合唱のまえに庶民は思考停止状態になっている。
 すこし頭を冷やせ、とは興奮直情体質への警告だが、日本人というのは、素直なのか馬鹿なのか、この非常時になんでも冷やして生き抜こうという、とんでもないことになっている。
 


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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