とある雑誌で「人生最後の一食」と題した特集があった。
浪花家の焼そばとたいやきを指名したのは、糸井重里さん、小山薫堂さんは、軽井沢東間の蕎麦湯、とそれぞれに個性的だが、さて自分だったらと想いをめぐらせてみた。
平凡極まりない日本の朝ごはんを食べて、最後の晩餐にしたい、と思った。
ご飯は信楽・中川一辺陶の土鍋でおこげ付きで炊いた南魚沼のこしひかり、汁は岡崎カクキューの赤だし味噌に京のじゅんさいが浮かぶ。おかずは人形町の名店魚久のぎんだらの粕漬、香ばしくしっかりと焼いたプリッとした身がたまらない。秋田瀧田養鶏場のもみじ卵も人生さいごの卵かけご飯にご登場願おう。漬物は当然のごとく、錦小路の打田のつけもの、春ならば菜の花漬、浅漬なら花大根、冬ならば村上重の千枚漬できまりだ。
赤だしの旨みがのどをうるおし、まず一辺陶のどなべに炊き上がりの白めしの甘みを味わう。旬を生かし味を守るという家訓のもと、粕漬一途に家業をまもってきた魚久のぎんだらには、酒粕のあじがしっかりとしみて奥深いうまさだ。菜の花漬に千曲川の菜の花畑を想い、飯山の夕映えが思い出される。瀧田の卵も豊醇な黄身がしっかりとして贅沢さがご飯をつつみこむ。
最後は柳桜園のほうじ茶香悦で、口中を漱げば、さっぱりと悔いのない人生最後の一食、フィナーレを迎えることができる。
人生最後の一食
コメント
2件のフィードバック
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何の雑誌か知りませんが「人生最後の一食」とはまた、面白いテーマを考えたものです。星野先生のように、どこそこの何とブランドまでは指定できませんが、真っ白な炊き立てのご飯とアツアツの味噌汁は絶対必要です。それにあまり塩辛くないパリッとしたお漬け物も。おかずになるとさて、欲張りですからあれもこれもと食べたいものがたくさん出てきて、もう少し考える時間をいただきましょう。ではまた。
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人生最後の一食は
わが家の、となりの桃畑の完熟で、指の爪で皮を
むき、汁がしたたる桃を、丸ごとかぶり喰う・
*桃ウンチク*
広い桃畑だが・・
おいしい木は、これ
この木の、この枝の、これ
収穫は・・この日の、このとき
~北信州/高社山さん麓より~
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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