メッキの剥げた三浦瑠璃

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 軽井沢の噂はつるやというスーパーマーケットから拡散する。
 地元民はたんたんとしてるが、新住民といわれる近頃この地に引っ越してきた人々…この場合はママ達のネットワークから、あらぬ噂がじわりと町中にひろがる。
 スーパーでのモノの選び方、買い方、特に週末には夫婦で出掛けてきている場合が多いので、奥方と旦那との関係が、魚や肉野菜などのまえで顕わになる。モノへのこだわり、趣味趣向を超えて夫婦間の立ち位置が露見するのだ。
 良き夫婦なのか、仮面夫婦なのか、権力はどちらが握っているか、など微妙な夫婦関係がスーパー内の10メートルばかりの通路で顕わになる。
 かって噂にのぼったのは、かの田島陽子先生だった。傍若無人な大声でスーパーの棚を批評しながら買い物をする姿は、軽井沢には見かけない品性の持ち主と、噂の端にのぼつた。
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 近頃評判なのは、テレビでみかける一見美人の国際政治学者と称する「三浦瑠璃先生」。旦那とおぼしき男性を引き連れ、アゴで指示しながらお買物をしている尊大な姿がママたちの噂になった。
 軽井沢では東京でいう偉い人がやたら多いのだが、そのなかでもひと際目立って偉そうなのが、三浦某という噂だつた。
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 最近では「崖っぷちの三浦瑠璃」とか「メッキの剥げた三浦瑠璃」といった記事を見かけるが、メディアもようやく気がついたのだろう。
 彼女は「中国企業が日本市場において儲けることが重要です。日本に進出した中国企業はお客様であり、同時に人質にもなりうるからです。」といっていたが、こんな馬鹿げた議論はない。香港、台湾、ウクライナを見れば一目瞭然、覇権国家はそんなことは一顧だにせず、侵略ひとすじに突進するのだ。
 ウクライナの悲劇すら頭にない阿呆鶏の愚考としか思えない。
 今回の旦那の詐欺事件にしても、太陽光発電にまつわる中国との裏事情が臭ってくる。
 「国際政治学者ならぬ国際依存業者の三浦瑠璃」である。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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