ビデを打ち負かしたウオシュレット

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 「寝るまえに靴下を漬けておくと、翌朝さっぱりと洗えてとても具合がいい」
 パリ時代のビデの活用について質問されると、必ずそのように答えていた。相手は微笑をたたえて、本当かなというような顔を見せていた。疑いはホテルの女主人も同じで、朝食を運んできたついでに、ビデを覗き、濡れていると「夕べは、どこのマドモアゼル?」ニャッとウインクされた。
 2.3日前ふとしたことからビデの副活用術に出会った。挿絵にあったのは、猫の風呂、足湯のうつわ、瓶ジュースの冷やし、それにヴィボアンヌの大きな花束がビデに溢れんばかりに入っていた。
 ビデが生まれる前は、水を使わない身繕いが流行っていた。 髪を梳り、耳掃除をし、タチアオイの根で歯を磨き、手を洗って、朝の身繕いは終わり。水を使って体を拭うことは、反って不衛生と考えられていた。水は今日のごとく清潔ではなかった。ばい菌の仲介役は水だった。
 香水の多用はそうした状況から生まれたといわれているが、それ以上に流行ったのは浣腸だつた。浣腸の美容術はナポレオンからダイアナ妃まで続いている。
 貴族の化粧室には、バスタブと、腰湯のための陶器と、ビデと、トイレと、浣腸器と、鏡のある化粧台が必要だったと記録にある。
 日本の家のトイレは狭かったために、ビデは作られなかったが、温水洗浄便座すなわち「ウオシュレット」が急速に進歩した。セルフ・クリーニング機能がつき、温度調節機能がつき、乾燥機能がつき、オゾン脱臭機能までついて、さすが日本人のトイレと世界中をうならせた。
 毎年日本にやってくるマドモアゼル・アルレッティは、春になると日本のトイレが恋しくなるわ、といっている。世界に誇るこの国のウオシュレットが、ポンパドール夫人のビデに勝ったのだ。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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