20分後位に伺います。いきなりそう電話が掛かってきた。
さてはボーイフレンドを連れて軽井沢にきてるな。勝手に想像し、すこしばかり散らかっているサロンを片付けて待っていた。
20分後ふたたび電話が鳴った。迷ってしまったのでどうしよう、いま川上庵の前なの。どっちの川上庵?旧道それともハルニレの方? 要領をえない。とにかく役場の前まで来て、迎えにいくから、という訳で黒のクラウンを連れて三井の森まで帰ってきた。
さあ、どうぞと玄関を開けると、彼女だけ降りてきて、彼は降りない。いいの、一時間後に来て。どうも空気が違う。
お洒落なペーパー・バックを抱えた彼女は、相変わらずのショート・パンツ、といっても彼女のショートパンツは筋金入りだ。バブルのあの頃からのショートパンツ、ようやく流行が彼女に追い付いてきた。
高名な画家の娘に生まれた彼女は、ひどく文才に恵まれ、書き溜めるとその原稿をぽんと送ってきた。クラシックなオートバイに乗って青山通りを飛ばしていた彼女は、青山エンジェルスというオトキチ達のヒロインだった。オートバイの視線で綴る彼女の文章は、横光利一の新感覚派の文学にも似て鋭かった。
はい、これは今私が好きな紅茶、これはダージリン、それからこのパンはとても美味いから、大きなカンパーニュと、グランド・ハイヤットのデニッシュを一本、黒のボックスに入っている。
ところで、さっきの車は? ボーイフレンド? ううん、最近使ってるハイヤー、急に思い立ったから車できたの、かってのル・マンのボーイフレンドは? 二年前のある日別れた、もう男には時間を使わない、これからは自分のために時間を使おうと思って、…帰るわ。
玄関前に黒塗りのハイヤーが待っていた。 彼女に会うたびに、いろいろのこと考えさせられる。
バブルを透りぬけた彼女のいま
コメント
2件のフィードバック
-
先日は御清閑を御妨げ申し、恐縮に存じ申候。時節柄とは申しながら寒気酷しく候折柄、お体大事に成し下さるべく候。m(._.)m
-
黒箱入りのデニッシュは想像を超えた美味しさでした。
いつか立ち止まってあなた自身のすばらしさを見つめて下さい。
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
コメントを残す