長岡の花火は凄い、日本一だから見に行こう、というお誘いを受けた。田中角栄総理全盛期の頃だった。
長岡につくと、花火にはまだ時間があるので、とあるお茶屋でお休み下さいとのことだった。
お茶屋の門をくぐって歩を進めると、綺麗どころが揃って粋な手拭いを首にまいてくれた。誘われるまま庭に案内された。立派な石組の岩の間から反割の竹が組まれて清涼な水が流れていた。はてと考えるまもなく出汁の入った生竹のチョコを渡され、上手からソーメンが流れてきた。相方の芸者さんに促され、ひんやりとしたソーメンは、次々に喉に涼をもたらした。ソーメン流しとの初めての出逢いだった。
やがてお座敷に通され、いっときの宴になったのだが、新潟からわざわざきてくれた芸者衆より、壮大なその夜の三尺玉の大花火より、なによりソーメン流しの遊びが心に残った。
そのうちに、何処の観光地にいっても茶店の奥の庭先には、パイプ・テーブルのうえに安っぽいプラスティックのソーメン流し器が置かれ、家族ずれが歓声をあげてソーメンを食べていた。やがてソーメン流し器の色の剥げ落ちるごとくにブームは去った。
今年のように暑すぎる夏に出会うと、ソーメン流しを思い出す。
京都貴船の小さな滝を前に、ひんやりとした空気に包まれて食したソーメン流しは、赤いソーメンが流れてきたら終わりの合図だった。 郡上八幡のソーメン流しも、釜ケ滝のマイナスイオンを浴びながらの夏の思い出だ。暑い夏と滝には、ソーメン流しがよく似合う。
ソーメン流しの思い出
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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