ソニーの創業地売却

　御殿山の一隅にあった簡素な工場の屋根に「東京通信工業」とあった。
日本で初めてテープレコーダーが作られた１９５０年代のこと。民間放送が始まった頃、放送局の廊下にはずらりと東通工のテープレコーダーが置かれ、それぞれ勝手にオープンリールの編集をしていた。
が作られて間もない当時のテープレコーターは、ストップスタートのスイッチが滅法重たかった。息をとめ手先に渾身の力を込めて操作しなければ、ならなかった。それでも日本の誇る東通工のテープレコーダーとあって皆もくもくと番組編集に使っていた。
度々故障した。その度ごとに御殿山に電話すると、技術者が即座に駆けつけ、廊下のすみで修理してくれた。「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました。」謙虚にお辞儀をして帰って行った。
御殿山には、のちにソニーとなり、世界に雄飛した技術者の魂が住みついていた。
　…真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設…
　それが東通工のスローガンだった。
　あれから６０年、創業地は売却され、品川駅近くの現本社ビルも売却された。苦楽をともにしてきた本社ビルを売却した企業に、選択と集中という言い訳はあっても言い訳にすぎない。
　半世紀まえ先人たちの開拓した企業を、利益一辺倒のゲーム屋にしてしまった罪は大きい。