夏になると川辺に行きたくなる。堀口大学の訳に「ミラボー橋の下をセーヌが流れ、われらの恋が流れる…」。学生時代のフランス文学の想いを抱いてミラボー橋までいってみたが、なんの変哲もない橋の表情にがっかりした。鉄の痩せたポン・デザール(芸術橋)の敷板には、キャンパスをかまえ終日絵筆をとっている貧乏芸術家がいる。洗濯船のデッキには小さな手押し車に乗った足のないヴァイオリン弾きが流れに向かって古いシャンソンを演奏していた。隣のペニッシュは昼間からパーティで盛り上がっている。ポン・ヌフのアンリ4世像のよこから水辺におりてゆくと、そこは恋人たちの指定席であり、いつまでも抱き合って離れない若さがあった。恋人たちの姿はそのまま絵葉書になって、モンマルトのカフェテラスでうっている。その絵葉書を手にペンを走らせる遠い国からきた女性がいる。セーヌの岸辺を歩くと次々と人生が浮かんでは消えていく。川の両側の立派な建築物より、セーヌとともに生きている人々が素晴しい。なんどでも足を運びたくなる水辺なのだ。ここは世界遺産だ、などという俗な事柄を忘れさせてくれる。
プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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