カップ麺にはドンブリ型とコップ型がある。
ドンブリ型はらーめんの原点回帰で、本物を想起させるという効果をもたらした。それにくらべコップ型はなんとなくスマートにみえるということで、カロリー抑え目のイメージがあった。
が、いずれにしても男のタベモノのイメージが強く、若い女性のマーケットは開拓できなかった。永年のメーカーの努力目標はいつも、女性購買層の積み上げだった。この厚い女子の壁を見事に打ち破ったのが、日清のカップ麺「カップヌードルライトプラス」だ。
ライトはカロリーを従来品の三分の二に抑え、プラスで食物繊維を7倍にふやした。決定的だったのは、脱とんこつにはせず、味のベースをそのままに「ラタトゥユ」と「バーニャカウダ」を投入したことだった。
カップ麺のイメージがいっきに変わった。なんとなく労働対応の補助食品から、お洒落な女子の昼下がりに化けた。ズルズルとすするイメージも女子には合わないというので、麺の長さも半分にして、製造プロセスも全面的に変更した。従来の使用野菜にはなかつたズッキーニなど、新種のデリバリー体制もととのえなければならなかった。
全社体制で開発製造にとりくんだが、中心にいたブランド・マネージャーは途中入社の女子・佐橋育恵さん46歳、外資系から化粧品メーカーでのマーケティングを経て、日清食品に転職したオバサンだ。
女子活躍時代のサンプルのような、ウーマン・オブ・ザ・イャアが、ここにいる。
カップ麺の大革命
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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