今月パリへ立つのでお土産をと思い、銀座へ行った。
四丁目の和光の角を北に曲がり、山野楽器の前を通り過ぎ、やや行くと妙に騒がしく人だかりのしている一角がある。なんだろうと覗きこむと、そこには花のうえに花、花束のうえに花束が積まれ、若者たちが無言でたちすくんでいた。花の山から目線を店のおくに移すと、そこはi padを手にした女子、リンゴのマークのついたパソコンをじっと覗き込んでいる中年男子などで混み合っている。アップルのショップだった。
去る五日若くして天に召されたスティーブ・ジョブス氏へ手向けられた花の山が銀座通りに現出していたのだ。ニューヨーク五番街の旗艦店前に花束や果物がつまれ、カリスマ経営者の死を悼んだアメリカ人のニュースはさもありなんと思ったが、東京銀座に日本のアップル・ファンが集まって供養する姿には何故か違和感を感じた。
情報化社会のパイオニアとしてのS・ジョブスの功績は多とするが、そのデータ資本主義によって齎されたリーマン・ショックや、世界同時不況はすべてコンピューター社会のもたらした負の遺産ともいえる。栄枯盛衰の激しいシリコンバレーで30年以上も一線を走り続けたジョブズ氏には毀誉褒貶も激しく、単純に信者と化する日本人ほど御し易い民族はいない。
「Think Different 発想を変えよう」という彼のキャッチをもってすれば、戦争の災禍を世界中にもたらしているアメリカ資本主義こそ、発想を変えなければならない最大のものだった筈だ。
うず高い花のやまからのがれ、いまいちばんの書き味を誇っているビキューナのボールペンを、パリ行きのお土産に伊東屋で求め、銀座に別れを告げた。
アップルの前の花の山。
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プロフィール

星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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