わが家の流行語大賞はこれだ。

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 ユーキャンの発表する流行語大賞、ヤフーの発表する流行語大賞、テレビのワイドショウが発表する流行語大賞、週刊文春の発表する流行語大賞、……、年末は何処へいっても流行語大賞にぶつかる。
 ついこの間まで流行という言葉は、ファッションにかかわる現象であって軽薄なイメージがついてまわっていた。ところが最近は政治も芸能も建築も食も、すべてが流行の言葉で括られるようになり、なんとも不甲斐ないことである。世の中のすべてから、権威とか、歴史的必然とかが消え、「今、これが流行ってます」と軽い言葉でくくられる。古い男たちのタテ思考から、若い女たちのヨコ思考に変わったという事か。
 すべて情報化社会の頂上現象が、「流行っている」の一言で価値をもつ様になった。真摯に真面目に考え抜くことより、パソコン開けて流行と打ち込むだけで人間の思考回路が支配される。極端なはなし勉強や努力が無駄になり、すべては情報というオバケのいう通りに、人間が動く時代になった。
 という訳で、「わが家の流行語大賞」選んでみた。
 大賞はなんといっても「ぴっくりポン」である。感嘆詞としてレトロな響きがありながら、現代的なリズムをもっている。なにより明るいのが良い。びっくりポンのあとには、積極的に生活をとらえる行動のエネルギーがある。
 つづいては「北陸新幹線」、出来る前には、軽井沢もこれでさらに至便となり良くなると喧伝されていたが、いざ開けてみたら、新幹線の本数は減り、時間もかかるようになった。まんまとJRにしてやられたのだ。
 そしてコピペの「エンブレム」「花火」と続く、わが家には「爆買い」も「五郎丸」も関係なかった。しいて上げれば「ルーブルのアート・ショッピング」かも。本当にびっくりポンであった。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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