みんな揃ってお・も・て・な・しは気持ち悪い

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 皆が大好き「あまちゃん」皆が大好き「半沢直樹」、皆が喜ぶ「東京オリンピック」、みんな口裏合わせて「お・も・て・な・し」…いつからこんな不気味な世の中になってしまったのか。 
 すみからすみまでズズィーイと「食品偽装」のお詫びのとなりで、長野県知事が誇らしげに「わが県をお・も・て・な・し・県にする」と宣言している。この軽さ、この軽薄さにはあきれる。
 何代かまえの知事は「源泉垂れ流しではない温泉」の摘発に情熱を傾け、全国からの温泉客をすっかり失っても平然としていた不思議な知事がいた。摘発のまえに愛情をもって指導するという人間的な工程が抜けている。いきなりマスコミに発表して自慢するのが目的だった。
 情報化社会の弊害があちこちに出ている。30分前にネットで仲間になって、少女を誘拐し2000万円を要求した3人組、ミクシーを通じて知り合った不倫殺人、東京オリンピック万歳にしても同じようなもの。
 皆口裏を合わせたかのごとくに、レスリングは素晴らしい、野球は素晴らしい、サッカーは素晴らしい、被災地の子供たちにはスポーツが一番、新聞もネットもみんなオリンピックでお・も・て・な・し、スポーツ馬鹿の大量生産に走っている。
 昔はスポーツ苦手の文化系人間が、クラスの半分は居たのだが、いまは全く居なくなったのだろうか。
 スポーツ系人間の単純さも貴重だが、いまのスポーツ人間には相手の痛みのわかる心がない。マー君のガッツポーズなどはその典型で、それ故外人選手からは、あのガッツポーズが嫌だから彼は嫌いだとさえ言われている。
 負けた相手の痛みが判ってこそのスポーツではないか。特に紳士のスポーツと言われている、ゴルフ、テニス、乗馬、カーリングなど、絶対にガッツ・ポーズは禁止しなければならない。
 スポーツの大政翼賛会は、いつかくる軍国主義の予感に近いのだ。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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