なぜ美味いバターをつくらない

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 幼いころからバターは雪印と摺りこまれてきた。
 たまに北海道のお土産に、修道院で作ったバターや町村牧場のバターをいただいても、なるほどと言った程度の喜びで、我が家の食生活を根本から見直すほどのトレンドにならなかった。
 半世紀まえのパリ生活でも、パンの美味しさ、クロアッサンの無類の旨さや、バケットの微妙な風味のとりこになったがその先まで味覚は考えなかった。多分若気のいたりで舞台の板のうえや、クチュールのウインドウに気をとられ、ゆったりと食を楽しむ環境になかったのかもしれない。
 久しぶりのルグランの朝食で、愕然とした。 濃厚でありながら軽く、奥行のある独特の風味にやられた。
 ノルマンディ地方イズニー村で作っているバターだった。海に近いイズニーの牧草で育った牛のミルクには少しの塩分が含まれ、乳酸菌を加えた発酵過程に奥行が出るんだとか。氷の引かれた銀のうつわにたっぷりとバターがのっている。クロック・ムッシューとか、クロックマダムと手を加えたものより、このイズニーのバターとパンさえあればいくらでも食がすすんだ。朝のシアワセはイズニーのバターからやってきた。
 一日の終わり、その年パリのバケット・コンテストで一位になったパン屋を探し当て、パンを小脇に部屋に戻ると、至上のバターが待っている。マカロンにもケーキにも優る至高の美味だった。
 東京ではなかなかイズニーが見つからない。仕方なしに六本木ミッドタウンの地下スーパーにあるエシレのバターで我慢している。
 美味いバターがあるから、美味い卵料理ができる。美味いステーキがたべられる。雪印では所詮それなりの料理しか出来ないことに気がついた。
 グルメ・ブームの昨今、何故この国のメーカーは、美味いバターを作らないのだろう。 


コメント

1件のフィードバック

  1. すごく、そそられました! 私も缶入りの雪印バターが最上と思っていた一人です。
    イズニー通販でも大人気です
    http://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC/404974/f.1-p.0-s.1-sf.0-st.A-v.2?scid=af_pc_etc&x=0

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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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