福山雅治が”壇蜜愛”を公言し、みうらじゅんが「あゝ、俺はもうダメだ」と思った壇蜜が、ついに尖閣諸島、オスプレイ、壇蜜、とヤフー検索ワードのトップ3に並んだ。
いま日本中に壇蜜旋風が吹き荒れている。壇蜜はいさぎいい。表情、しぐさ、体つきすべてに大人の色香が漂っている。それでいて蔭がある。清楚な若さと熟女の魅力までたたえながら、充分に可愛い。
グラドル、モデル、ストリップ、女優、すべて兼ねそなえた新人とは恐ろしい。それ故、グラビア編集者も、テレビ・ディレクターも、映画監督もみな心惹かれる。
デビュー前、お葬式の専門学校に通い、実習として死者の納棺業務に携わっていたというのも面白い。「壇」とはお寺さんの机のこと、「蜜」は佛へのお供えもの、壇蜜という不思議の名前も充分に納得できる。彼女にとっては、脱ぐことも、愛し合うことも、挑発も歓喜も堕落も、すべては佛への功徳なのだろう。
中学生のころから、クラスでの綽名は「愛人」、ドラマをみれば純愛のヒロインより魔性の女にいつも心惹かれていたというから、昨日今日カメラの前でおだてられ胸をみせているオンナの子とは歴史が違う。
まもなく公開される映画「私の奴隷になりなさい」ではヌードも披露、裸のなかにセンシティブな自分を感じ、自分が背負っているものが無くなっていく爽快感に酔わされてしまう、と冷静に自己観察する大人の知性すら見えてしまう。
エロスの称号は、杉本彩から壇蜜に移ったといわれているが、杉本彩に出来なかったことが彼女には出来るかもしれない。そばにいたら人世狂わされること必定だが、50年かかって日本の芸能界にもようやく大人の女優が登場してきた。
きみは「壇蜜」に堪えられるか
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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