おみくじの内訳と作り部の里

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おみくじの内容と作り部の里

 「おみくじ」を全部買って歩いた人のレポートをよんだ。
 吉がでるか、凶がでるか、寺社にお参りした時のちょっとした占いで、遊びの延長線上にあるのが「おみくじ」のような気がしていたが、じつは神経質に「大吉」と「凶」の比率までチェック研究している人がいると聞いてビックリ・ポンであった。
 「大吉」の圧倒的に多いのは、京都の「伏見稲荷大社」全おみくじの34パーセントが大吉。遠いところをわざわざ来てくれた参詣者への愛情でもあろうか。
 あとは「成田山新勝寺」「浅草寺」「川崎大師」が横並びの「大吉」17パーセント、「大吉」が並外れてすくないのが「鶴岡八幡宮」僅か6パーセントとは。鶴岡八幡宮にお参りする人は薄幸な人が多いということか。
 「凶」のくじはだいたい30パーセントあたりで横並びだが、住吉大社だけが19パーセントと少ない。「凶」が多いのは伏見稲荷大社の34パーセント、全国稲荷社の元締めとして「大吉」「凶」ともに多いというのは、権威の裏返しかもしれない。
 ところで神社系の「おみくじ」の製造所として全国を支配しているのが、山口県周南市鹿野にある女子道社という有限会社、地元の二所山田神社の社家が運営するちいさな会社だ。
 この集落の奥様方の手内職でささえられている。明治38年21代宮司宮本重胤さんが、神職に女子も登用すへきと訴えて大日本敬神婦人会を設立、その運動資金として考えられたのが、神社「おみくじ」の始まり、現在では18種類のおみくじを作って、全国の神社に納めている。
 「凶がでても気にしてはいけません。凶の字は植木鉢にメの字、これからメが出て成長するというお告げです。」


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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