夏雲が近ずいて、駐車場へいく僅かばかりの道筋が、ある朝突然に真っ白になる。
昨日まで長い柄の先にぶら下がって、道行く人を見ているようにも思えた、五弁の白い花が地面を埋め尽くす。小さな白い花はまだ若く未熟さをたたえた清順さ、散り敷いた雰囲気はAKBの少女たちのそれにも見える。
踏みつけないでと言っているようだが、道いっぱいに広がってこのままでは車にたどりつけない。
ごめんね。……えごの花の夏が来た。
出入りの大工さんは昔から石鹸の花と呼んで、花びらをためて手を洗ったという。
えごの花 不良少女が 見てをりぬ (星野麦丘人)
えごの花 見るとき散らず 散り敷ける (川崎展宏)
えごの花が終わって、ふと空を仰ぐと五弁の花は四弁の花に変わっている。
やまぼうしがみんな揃って空を見上げている。比叡山の僧兵に似てやまぼうし也と聞いているが、白い帽子をかぶって蝶を追いかける夏の少女たちの如くでもある。えごの花の幼さは、女性の美しさにかわった。やまぼうしの白さは、咲き誇る魅力を主張して天に向かっている。
やまぼうし ひだり是より けものみち (小林呼渓)
やまぼうし 咲けば我が家の 待っており
遠雷が聞こえ軽井沢の夏は、えごの花と山法師に始まる。
えごの花と山法師に始まる軽井沢の夏
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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