「人は得意なもので失敗する」といわれるが、安倍内閣もその通りになりつつある。女性社会の建設を旗印に元気に船出した第二次改造内閣だったが、早くも暗雲が立ち込めてきた。
二人の女性大臣が揃って失脚した。
毛並の良さで期待された小渕優子経産大臣は、毎年恒例の明治座観劇ツアー、集めたお金と使ったお金にあまりにも差があり、差額は何処からという話なのだが、小渕大臣は潔く「私にも判らない、が責任はある」といって辞任した。親の代から秘書を務めていた会計責任者は地元町長になっているが、この人は事件が公然化するやいなや、会計責任は私ですと言って、町長を辞職してしまった。冷静に自己責任を語り、醜態をさらさなかったのが良かった。
かたや松島みどり法務大臣は、詭弁を弄び、これが朝日新聞仕込みか、東大出にはうちわもわからないのかと散々な評判、「うちわのような形をした討議資料」と説明して失笑をかった。法務省への初出勤では、役人の出迎いが少ないと言って引き返したり、大臣車のセダン・タイプが気に食わないといって、ワンボツクスに代えさせたり、まあ勘違いおばさんの代表みたいなものだ。
二人の辞任劇を見ていて感じたのは、メディア時代の恐ろしさ。テレビに映し出された松島大臣のいかにも狡猾そうな表情とキツネ眼は、どうも信用できないし、小渕大臣のさっぱりとしたショート・ヘアときっぱりとしたものの言いように、この人はそんなに悪い人ではないと、思えてしまうのだ。
男女をとわず情報社会で人をリードする仕事は、容姿、表情、言葉、そして趣味までかなりコントロール出来なければダメだということだった。
うちわと明治座
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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