「あなたはどういう時に老いを感じますか。」というアンケート調査がきた。
客観的に老人であるという認識のもとに送られてきたのだろう。少しばかり腑に落ちない点もあるが、致し方なしと考えてみた。
①「名前が思い出しにくくなった。」良く知った顔に街角で会い、親しく話をかわし、別れたあとで「はて いまの人誰?」そんな失礼な状況が、一年に数回ある。
②「眼鏡をはずした場所を忘れる。」家になかではたびたび起こる。最近は書斎にひとつ、リビングにひと つ、事務所にひとつ、かつ旅行用にふたつ、眼鏡をつくっている。
③「デパートやコンビニで買ったものを忘れる。」何ヶ月もたった伊勢丹の袋から、包んだままのシャツが出てきたりする。
④「走らなくなった。走ると転ぶという恐怖感がある。」普段から転んだら終わり、車いすだからね、と脅されているせいかもしれない。
⑤「徹夜ができなくなった。」受験勉強の徹夜、麻雀の徹夜、カット割り(ドラマ演出のおり脚本にカメラの割り当てとサイズを指定する書込み)の徹夜、リハーサルの徹夜(ムーラン・ルージュの頃はショー・ナンバーの演出、振付のため3日位は平気で徹夜した。)そのほかアバンチュールの徹夜等々。
⑥「入浴時間が長くなった。」カラスの行水といわれたのは昔がたり、いまではゆっくりと、手足をもみながら入浴している。
⑦「トイレの頻度が高くなった。」老人介護の経験者といると、レストランでもカフェでも、トイレは?と促してくれる。
⑧「植物が好きになる。」ハコモノばかりの都市計画を見るとうんざりする。なぜ一年中花木の咲き誇る町おこしをしないのか、不思議だ。
⑨「暗証番号はぜったいに覚えられない」アパートの鍵も、アマゾンの買い物も、ホテルの予約もすべてが暗証番号ないとスムーズにいかない。そのうち女房に会うのも暗証番号を入力してください、となるのかもしれない。そうまでして女房に会いたいか、それが思案のしどころ。
⑩「女性を口説く情熱がなくなってきた。」美への探求心は失っていないが、女性の持ち合わせているメンドウクササに耐えられない。若者はコスバに合わないと切り捨てる。
いつ「老い」を感じましたか
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プロフィール
星野 和彦
Kazuhiko Hoshino
1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表
作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞
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