あぁ、お寺さんがつぶれる

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あぁ、お寺さんがつぶれる
 「ぶっちゃけ寺」といういささか下品な番組が当たっている。
 寺の現実から、名物寺の実態まで、仏教の上っ面を知るには楽しい番組である。いまこの国のお寺の35.6パーセントは消滅の危機にあるといわれている。なんとかしてこのお寺の危機にカンフル剤はないものかと、下品なテレビにも協力してプロモーションしなければ、というところから「ぶっちゃけ寺」の制作協力ということになったのだろう。
 もう墓守りをしてくれる子供達もいなくなったので、先祖代々の墓を処分し永代供養墓に合葬する、墓じまいをというケースも増えている。子供たちが都会住まいで、田舎までこれないので墓ごと移転するという改葬もあり、お寺にとってはダブルパンチになっている。
 永年の習慣からお布施とか維持費という考え方が、今どきの若者に理解されずお寺が暴利をむさぼっているかのごとくに誤解されている例もある。
 お寺が貧乏になれば、必然的に坊さんも働かなければならない。
 兼業住職の割合は50パーセント以上にもなると宗報にある。みずからスケジュールを立てて仏閣めぐりをする旅行代理業、卒塔婆の文字を印刷する印刷会社、バーを経営したり、精進のレストラン経営、あの手この手で檀家拡張に奔走している。
 近頃では、「この寺でお葬式を上げるとイクラかかりますか」と単刀直入にとびこんでくる客もいるそうだが、宗教法人の建前から、お志しでというしかないという現実もある。
 ダブルパンチは、最近の葬式いらない派の登場、自然葬やら樹木葬、海洋葬のおかげでお寺さん消滅の時代を迎えている。


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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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