「テレビに出ている人」に対する信仰について

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「テレビに出ている人」に対する信仰について
 「テレビに出ている人」と「テレビを作っている人」。
この場合の「出ている人」というのは、俳優であったり、お笑いであったり、アナウンサーであったりする。
いまをときめく女子アナや、情報番組の司会者たちも含まれる。
 「作っている人」は、テレビの装置を製作している人々ではなく、番組そのものを制作している人々、つまり
番組のプランナー、プロデューサー、ディレクターをさしている。
 さて視聴者の9割の人々は、「テレビに出ている人」は優れている、優秀な人々と思い込んでいる。
 困ったことだが、そういう風に思い込んでる人たちが多いのだから、世間は当然のごとくそちらに引っ張り込まれる。
 新聞からテレビに場を移して、顔を売ってきた人が、突然後出しジャンケンで立候補するなど、そのいい例だ。県であれ、国であれ、都であれ、この手の人は次々と登場する。更に始末の悪いのは、そこに乗る政党人や左翼進歩人がいることだ。
 柄もいいし、弁舌爽やかなので、本質に眼がととどかない。簡単に騙される。我慢の限界をこえた文春、新潮あたりが、影にかくれたセクハラ疑惑を告発するといった寸法である。田中ナニガシ、猪瀬ナニガシ、舛添ナニガシ、鳥越ナニガシ、みんなその類いだ。
 さらに、田舎にくると「NHKにでていた女子アナは優れた人」という価値観が横行する。
 原稿を書いているのは「テレビを作る人々」で、アナウンサーはしゃべる機械にすぎない。ただ稀に有働アナのごとく基本的教養としゃべる技術のバランスに優れた女子アナもいるが、近頃民放の女子アナなどまず欠陥車と思えば間違いない。
 長い間「テレビを作る側」にいたので、その辺の実態については充分に判っている。
 それにしても「テレビに出ている人」にたいする信仰から、いつになったら日本人は醒めるのだろうか。


コメント

1件のフィードバック

  1. テレビを使うのは
    朝のテレ東の韓国ドラマと木曜日のカンブリア宮殿をたまにと
    東京MXのフォンデュと
    ブラタモリだけです。
    イケメンも美人過ぎるも私の基準よりだいぶレベルが低く
    冗談とかふざけるを受け付けないので
    芸人が出ているものは話のほかです。
    面白さがわかりません。
    番組の番宣も一日中いかにもで萎えます。
    情報番組も目新しい話題はなく…
    報道も偏りすぎて情報操作されたものしか流れないので
    報道の言葉の意味が変わったのかな?
    と、思っています。
    以前は東京MXのニュースクロスは見ていましたが
    朝早すぎて離れてしまいました。
    銀座の催しもの楽しみにしております。

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プロフィール

星野 和彦

Kazuhiko Hoshino

1931年 9月17日 東京に生れる。
1954年 成蹊大学政治経済学部・芸術社会学コース 卒業。
1955年 旧帝国劇場文芸部 所属。
1958年 テレビ朝日(旧NETテレビ)制作局演出部 入社。
1960年 フランス・パリ・ムーランルージュより演出として招聘される。1年間滞仏。
1961年 テレビ朝日復職。
1968年 テレビ朝日制作局チーフ・ディレクター、企画室ブロデューサー を最後に退社。
星野演出事務所 設立。代表取締役 就任。
1973年 クリスチャン・ディオール取締役 就任。
1975年 SKD松竹歌劇団 演出就任。
1977年 東京フィルム・コーポレーション 取締役。
1980年 リード・ファッション・ハウス 代表取締役 就任。
1990年 軽井沢に居を移し現在までフリーの 演出家、プロデューサーとして、また執筆活動に従事する。
現在
日本映像学会 民族芸術学会 所属
テレビ朝日 社友
星野演出事務所代表

作品受賞歴
1953年 芥川竜之介作「仙人」第二回世界国際演劇月 文部大臣賞
1967年 連作みちのくがたり「津軽山唄やまがなし」芸術祭奨励賞
1970年 連作みちのくがたり「鹿吠えは谷にこだまする」芸術祭優秀賞
1971年 ミュージカル「白い川」芸術祭文部大臣賞
1992年 NDK日本ファッション文化賞


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